あめがあがったら のこと 1

2016年7月28日(木)
8-9部分
あたらしいほんができました。
描く前も描きながらもかなりもだえながら
それでも夢中で描き上げた、夏の始まりの風です。
楽なことは一ミリもありませんでしたが
それでも楽しい作業の日々でした(漢字にすると矛盾しか感じない(-_-))

遠野に沿岸のお店がきていたのでした

唐突ですが、発端は、「旗をかきたい」でした。
旗の本をつくりたいと思ったのは
3年ほど前、東北遠野でかかげられていた
釜石や大船渡の「復活」大漁旗を間近にみたときでした。
その、祝福と激励にみちた大きな旗に出会ったとき、
いてもたってもいられない気持ちになったのです。

 

地元の浜でも会ってしまった。

地元の浜でも会ってしまった。

あたまのなかに 「旗。」とクリップすると
ありとあらゆるところの旗が目に留まります。
あるときは満開の桜越しのこいのぼりであったり、  飛行場の風向風力旗であったり、
近所の浜の「ゆうえいちゅうい」の旗であったり、
爆買いにいらしたらしい外国のかたがたの
東京銀座ツアーの引率旗であったり、
競技場の応援の旗であったり、
ニュースや映画のなかのつよい主張の象徴だったり
戦場のしるし旗であったり・・・・・・
そして考えるようになったのは
旗をこしらえたり立てたりふったりすることの
意味やらなにやらでした。
それはけっして
平和で穏やかな想像ばかりではなかったのです。
描く前から
袋小路です。

それでも
遠野でみたあの旗がくれた電気が走るような感じがうすれることはありませんでした。
わたしは
せいぜいその旗を
せっせと振ることを妄想し、
そのはたが翻るのを眺めるよろこびを想像し、
風が吹いてくるのをまつことにしました。
あたまのなかに
「風。」と、クリップです。

風は
あちらこちらから吹きました。
頬をかすかになでるだけの風でも逃さなくなりました。
吹く、やむ、向きをかえる、
そんな風の表情、
それらをうけてひるがえる服の裾、木の葉、柔らかな草、
ちいさいお子さんの髪・・・・
そのすべてに敏感になりました。
そうしているうち、
ある日、ふしぎな予感をもって待ち構えた麦畑で
むこうからやってくる風のすがたに
とうとう出会ったのです。
あめあがりのことでした。

よろこびの旗をふっているような高まりがありました。
どっちを向けばいいのかわかりませんでしたが
とにかく感謝のきもちでいっぱいでした。

 

 

 

辛抱強くこころにずっとたてていた旗が風をはらみ
翻った瞬間でした。
その風にのって飛べそうな気さえしました。
で、
がちょうに出てもらおう、と決めました。2-3部分3

そんなふうにできたほんです。

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