あーあ なつが かえってくればいいのに
うみどりが ばらりと はばたくと ぎらり なつが ひろがった
さあ はしれ ほら こっち こっち
おいかけろ なつだ
あーあっ
まっていよう なつが むこうから また くるひを
つぎの なつが きたら また きっと さこう
(表紙)
(2015年 至光社)
日のめぐり。
季節のめぐり。
いのちの めぐり。
かぞえてまつよ
あしたの あしたの
また あした
時のめぐりのなかに生きる
すべてのものに約束された
希望。
作者 あとがき
おわってみたら好きだった、と、毎度思うのが夏です。
海の家が、ある日いっぺんにかたづいて浜はからっぽ。
さみしさで、わたしの胸もからっぽになります。
ざぶん、しゅるるう、ざぶん、しゅるう・・
波音もささやくよう、しかもため息まじりです。
海鳥とならんですわり、涼しい風にそっとふかれて、
夕日がしずむのをながめました。
すると、だんだん、
日のめぐりのくりかえしが、
じゅんぐりに季節を寄せてくるのが、
ぼんやり見えてくる気がしました。
海鳥たちのとおいまなざしのずっと先に目をこらすと、
ちゃんと、つぎの夏がいました。
夏がおわるその日、
からっぽの心にゆっくりと満ちてきたのは、
ときのめぐりの約束を信じるよろこびでした。
作者 2013年のあとがき(こどものせかい9月号にじのひろば掲載)
夏のおわり、近くの浜から海の家のにぎわいがほとんど一晩で消え去る日が来ると、
さみしさに毎度たちすくみます。
だれもいなくなった浜には海鳥の長い影、夕日が沈んでゆきます。
海鳥とならんですわり、太陽を見送ることにしました。
と、ふいに、日がまたのぼってあしたがくるということ、
そして世界はあたりまえにつづくのだということが、ひどくふしぎに思えました。
日はめぐりをくりかえし、やがて季節がめぐり、待てばまた、夏が来る。
海鳥の、遠いけれどしっかりしたまなざしは、そのことをうたっているかのようです。
日々、いまを生きるとは、ときが約束する大きなめぐりのなかで、
きっと佇んでいるだけのことなのでしょう。
すぎゆくときのせつなさを知った今でも、
あしたへの希望で自分を満たす、ほんとうのこどものように暮していこうと思います。
★この本の制作のこと→日々記
★あたらしい あとがきにしたこと 日々記
★ドラマ『A LIFE』に”出演”しました 日々記
至光社編集者あとがき(こどものせかい9月号 この絵本をめくりながら より )
お寝ぼうさんというのは花の世界にもいるようで、
この絵本の赤い花は、ちょっと咲くのが遅かったようです。
元気に咲いたのに、まぶしい太陽、
海辺に並ぶ海の家やパラソル、
子どもたちの歓声・・・・・・
楽しみにしていた夏はもう終わっていました。
がっかりする赤い花に、
海鳥がもういちど夏を運んできてくれて・・・。
たっぷり楽しむと、夏はまたどこかへいってしまいました。
赤い花たちに、
また来る日を待つ楽しみと約束を残して。
夏はまたやってくる。
毎日、太陽が昇り朝を迎え、
太陽が沈み月と星とともに夜を迎えるように、
大きな大きなめぐりの中で、それは確かに続いていく。
そんなふうに季節がめぐることの不思議さ・尊さ。
すべての生命の営みへの畏敬と感謝を祈りながら、
あたりまえのように過ぎていくものの「またね」のなかにある
さまざまな織り糸に心を寄せ、
子どもたちに「またね」を大切に迎えるよろこびを伝えられたら・・・。
さあ、みんなでしっかりと待っていようね、赤い花のようにね、と。
さあ、まっていよう。
季節はめぐる。
止まることのない時のなかで、
めぐる時空のなかにあるすべてのものたちがひとつになって、
そのめぐりを待っていよう。
そして、また きっと さこう。
私たちもまた、そのめぐりのひとつなのだから。
みんなで、いっしょに。
この絵本は一昨年の震災をはさんで生まれてきました。
海鳥のように海をまえに佇んでいる作者の後ろ姿を想像していたら、
ふと声が聞こえた気がしました―
―だからみんなも きっと かえってきて。
季節がめぐるように、新しい希望の明日が必ず来るように、
「めぐれ めぐれ」
そう祈る声が―
あしたのあしたのまたあした、
子どもたちが指折りかぞえて待つその日々が、
明るい光にあふれていますように。
至光社編集部 小沼みさ子
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