また きっと さこう のこと 1

2013年8月21日(水)

 

あたらしいほんができました。
「また きっと さこう」(至光社こどものせかい9月号。くわしいごあんないはこちら
発行がきまってから まもなく 2年半。
大震災の日が、このほんの企画の たんじょうびです。
 

その日、あさから至光社にでかけ、
『ぽってん あおむし まよなかに』にオッケイをもらい、
つぎのほんの話をいただいたのでした。
なにができそう?と問われ、
わたしは
海の家をかきたい。逗子の浜のパラソルの色です。
なつの終わりの浜の、あの 茫漠とした 喪失を描きたいのです。
と言いました。
じゃあ、それをやってみよう、と親方はおっしゃり、
発行は 翌年の夏の終わり2012年の9月号、
原画のしめきりは2012年の5月ときまりました。
本がひとつできあがると自動的に失業する商売ですから、
次の本をつくる約束をいただくことは
猛烈にうれしいことです。
ひとつのしごとの完成と次のしごとの約束とが同時にあるなんて、
2011年3月11日は
もう忘れられない日になるぜい!
と うかれまくってひるさがり、
ひとり帰りの電車をまつ恵比寿駅で、
地震に遭いました。

 

夏のおわりの浜の、茫漠とした喪失。
そんな感傷をゆるさない、とてつもない現実。
 

震災後さいしょの夏、
いつもの年より数はへったものの、浜にまた海の家がたちならびました。
夏のおわりに それらがいっぺんにどこかへ帰っていったとき、
わたしは、
いままでのように「喪失」に浸ることができませんでした。
巨大な、ほんとうの、茫漠とした喪失の前に立つかたがた、
そのかなしみと ともに生きてゆくかたがたのことを想うとき、
喪失そのことについて、感覚だけでなく
せめて考え抜かないことには
この本をかくことはできない、ということだけはわかりました。
 

夏のおわりのさびしさを、
なぜ ひとつの感傷としてうけいれ浸ることができていたのだろう。
それは いずれまた夏がめぐってくることを、
知っていて うたがわないからではないのか。
そんなことをうすうす考えながら
いつもより頻繁に散歩に出かけるようになった夕方の浜に、
なぜだか ボールがひとつ、
波打ち際で、
満ち潮にゆられていました。
そばには、
この浜ではめったにみない海鳥が2羽、
並んでいました。

(つづく)

またきっとさこううみどり