また きっと さこう のこと 2

2013年8月22日(木)
波打ち際の、ボール。
きっと、浜で遊んでいたボールが海にはじかれ、流され、
それでも満ち潮にのって、
帰ってきたのでしょう。
夕日をあびて、
波といっしょに 赤くゆらめいていました。
夕日は、
海面に ながくひかりをちりばめた尾をひいて、
いま、向かいの半島の向こうに沈もうとしています。
海鳥は、じっと夕日のほうを向いています。
このおだやかな海。
この海も、
いつか
おかにむかってあふれてくることがある―。
実際、
そう遠くない昔、
そういうことがあったと、私たちは知っています。
日のめぐり、
ときのめぐり、
あらがいようのない、
そのながれのなかで、
それでもなお、
あしたにむかって
顔をあげること。
この海鳥のよこがおみたいに。
そう考えたとき、
喪失をかくのではなく、
それをもふくめた
めぐりをかこうと きめました。

でも、それは
大きな災害にみまわれて間もないかたがたが、
うけいれられる気持ちでしょうか。

浜の本の発行を予定していた2012年は、
別のものがたりを本にしました。
また1年、
海と 浜と ときのことを考えることになり、
その間に、石巻のかまぼこやさん、
粟野さんと ゆっくりおともだちになりました。
日々記/石巻粟野さんのこと
秋には、粟野さんを訪ねる旅にでて、
石巻へ行きました。
日々記/石巻のたびのこと
翌春、また、
訪ねた時、粟野さんは、
たくさんのことをはなしてくれました。
還らないひとたち。
帰ってきたご自分たち。
かえってきつつある、街のにおい。音。
そのなかで、
粟野さんはこういったのです。
「ゆうこさん、海は、やっぱり、いいね。」

それをきいて、
わたしは、
背中を、どん!と おされた気がしました。
あたまのなかで、
赤いパラソルが花になって咲きました。
旅から帰り、
夢中で絵を描きはじめました。

咲いた赤い花は、
ハイビスカスでした。
沖縄で、アカバナとよばれ、
彼岸の花ともいわれる、
はかなくて はげしい花。
描き切りたくて、
描いている途中にでかけた春の竹富島で、
野生や垣根のハイビスカスを
たずねて歩きました。
空にむかって咲き誇り、
日暮れとともに、
枯れしぼむ、
そのさまを わかりたいと思いました。

八重山の島でいつも想い重ねることも、
ほんとうにたくさんあります。
ここにも満ちている、
かなしみをもひとこまにして めぐる とき。
それでも、あふれだす、
いきるよろこび。
かえる。

帰る。

還る。
絵を描きながら考え、
その言葉以外、
言語がうかばなくなるまで
絵ばっかりかきました。

そんなふうに できた本です。

(つづく)

またきっとさこうぱらそる