アメリカ

2016年11月11日(金)

もう25年以上も前だけれど2年たらずくらしたアメリカが好きだった。フィラデルフィアの、家族連れ学生のための大学構内のアパートのセキュリティはいろいろなひとのアルバイトで、あるひとはロビーのセキュリティカウンターで声を響かせコーランを読んでいた。

ちょっと見せて!

初めて見た!なんて美しいの!そう言うと彼女は、ありがとう、それはそうとあなたのショッピングカート、とてもいいわね、大きいし、四輪だし!どこで買ったの?

気に入った?ならあげる、もう私たちは日本に帰るから。というと、ただはいけない、5ドルでも払う、といわれ、もらった。

またあるとき別のイスラムのセキュリティさんには、イスラエルのひとといっしょに、きょうはイスラムのお正月でしょ?おめでとう。と言ったこともあった。

イスラエルの彼女は、夫が厳格すぎてめんどくさい、ユダヤの礼拝もきっちりやりすぎる、レモンも砂糖かけずにまるかじりするし、そういう男。と笑いながら愚痴ることがあった。

アパートのハウスキーパーさんはフロリダの出身で子どもづれのだれもがたよりにした、彼女の休憩部屋にはキング牧師の横顔の大きなポスターがあった。

あなたのチーズケーキは甘くなくていい、大好きよ、知ってる?わたしの誕生日はあしたなの。そうリクエストされたので直径30センチのを焼いた。彼女は、ひとりでいっぺんに半分たべたが、このままだと全部たべてしまいそうだから置いてかえった、2、3日はたのしめる。ありがとう。とひそひそ笑った。

そこは別に外国人用のアパートではなかったのでアメリカ人も大勢いた、そう、やはりセキュリティのアルバイトにありついたアメリカの彼女は、セキュリティカウンターでクリスマスカードの宛名書きに追われていた、年賀状のそれとおなじやっつけしごとだった、韓国の人もいた、ほころび始めたソ連からきたひとも。わたしの息子をふくめて、まだことばをしゃべらないこどもたちがなかよくしたりけんかしたりするのをおもしろくみんなでながめた。かれらは分け隔てなく、そんなことの意味も知らず笑い合い本気でファイトして泣き、そして仲直りした。ことば以前の世界だった。原点だった。
みんなどうしているだろう。
コーランが響くアメリカ。

そのそばで、クリスマスパーティ。

わたしが知っているのは

そういうところだった。

 
あたらしい大統領がきまったとき、

久しぶりにそのことをおもいだした。

思い出し始めたらとめどない。

あまり時が過ぎないうちに、ちゃんと書き起こした方がいいのかもしれない。

書き出したら書いた内容があたらしい記憶になってしまうから

慎重に正確に思い出して書かないといけない。

うつくしくしたらいけない。

忘れられない光景はそのままで十分にうつくしい。

   
アメリカが、とても好きだった。

さぶいのでストーブ始め。