だんまり日記 6月

 

◆夢日記って。

 

◆夢をみた。

朝、卵をわったら黄身につつまれて生き物がうまれてきた。

みるみるふわふわ毛に変化し、短い足で立ち上がり まっくろのつぶらなひとみでこちらをみた。

ひよこではないが、ひよこではないことを不審におもわなかった。

こまったな。かわいらしいが生き物だ。

これからでかけなくっちゃならないのだ、ほっとけないじゃないか。

と 見ると、のこりの卵のうち2つがにょごにょごと縦長にのびてゆくので、

ああ。これもきっとなんか生まれてくるなあ、と眺めていると、ひとつめと同じように黄身にまみれて

生まれてきたなぞの生き物が2体。

毛の色は、白、銀灰、白と銀灰のコンビ。

肩にのせて子どもを呼ぶと、子どもはむかし飼っていた兎のケージをもってきた。

そこに3体をいれ、いいきかせた。

いい?これからあたしはでかけなくっちゃならないの。

帰ったら ごはんとか いろいろ考えてあげるからね、つつがなくなかよく 待っていてちょうだい。

自分がどこへなにをしにいったのかよくわからなかったが、とにかく大急ぎで帰ってみると、

兎のケージのうえには とりこんだままたたんでない洗濯物が積んであり、

さわると それは ほかほかとあたたかく、どけてみたところが その下からは、

白と銀灰と白銀灰の3羽の兎が 目をぱちくりさせて直立して身を寄せ合ってゆらゆらとしていた。

なんだ、兎かあ、あわてることはなかったじゃないの。

知らなかったな、兎って、卵から生まれるんだ・・・・ん?

で、目覚めた。

夢に置き去りにした兎が気になって仕方がないが、思い出してみると兎たちは、

バナナ用の段ボールのような顔つきをしていた。

持ち手や空気穴の配置が眼鼻のようで、たたんでつぶせなかったあの段ボール3箱たちの顔だ。

これは冬の夢だ。べつのところのメモを転記。

 

◆夢をみた。

雑踏でギタリストに呼び止められた。

好きなギタリストだ。サインをしましょうか、という。

よろこんで、最近買った彼の新譜を差し出す。ついでに、大好きなおととしのCDにもサインをもらう。

頭の中でギターが鳴りだすが、彼の曲ではない。別の好きなギタリストの音色だ。

よく見ると、髪型もさらに別のギタリストに近い。

混乱していると、サインCDをにこやかに渡しながら、ギタリストは、

ところで のこぎりを貸してもらえないだろうか。という。

それは・・・・・・。とわたしはためらう。

どうもこのところよく切れないのです、しかも折りたたみ式の開閉がうまくゆかなくて昨日もちょっと

わたしは指の付け根をけがしたのです。

あなたがもし、手を、指の先を傷めたりしたらいけません。

すると、ギタリストは、どうしても、といってきかない。

サインをもらったしなあ、むげに断るのも申し訳ない。まあ、じゃ、危ない操作をわたしがしてから貸すかな。

用心深くのこぎりを開いて、くれぐれも気をつけてくださいよ、ご自分でたたもうとしないでください、

と、念をおしてわたすと、さっきまでの人込みはすっかりはけ、

そこはうらさびしい、駅のホームだ。

霧雨がふっているような降っていないような、頭だけがおもくぼんやりとする気候で、

ひどく湿ってもやったながめのなかで、ギタリストはホームの端にかがみこんでなにかを懸命に切り始める。

けがをしないか、なにをきっているのか、電車がはいってきやしないか、気になってしかたがないが、

同じホームの反対の端からは どうにもよくみえない。

見えてくるのは、ホームにたちこめる空気の粒や 駅のまわりの雨をまとったおもおもしい山のながめで

北鎌倉の駅だな。

と妙に納得したところで目覚めた。

道は、雨がふった跡がある。あたまが重い。前線が北上している。低気圧がわたしをとおりすぎてゆく。

置き去りにしたギタリストは無事だろうか。

のこぎりはちゃんとたたんで、ここにある。

ギターをききながらのしごとば整備DIYも終盤だ。

 

◆6月も後半だ。このところ、よく降る。あたまが重いし、からだもうちがわがみっちりしている気がする。

低気圧がつまっている。というのがあっている。

 

◆今朝の編集さんとの電話やりとりで9月号はすべての作業をおえた。めでたい。うれしい。そしてひどくさみしい。

 

◆なんか、こう、まだ漂っているような、おぼれ続けているような妙な感じがするが、思い起こせばへんな作業になった。

絵のすべてを描き上げるまでの試行錯誤で3年分くらいの血流を使った気がする。

描き上げた絵は全部一発でとおったが、文をつけるときになって、絵での思考からまったく帰ってこれなかった。

いつもいったりきたりしている絵と文の野原を、絵の野原で、遭難していた。

だんだん、ことばを思い出したが、思い出した、というのは、ことばをつかうという作用そのものだ。

おそろしくふしぎな体験。

 

◆なににこころをうばわれて、だれに手首をつかまれて、このことを絵本にしたいと思ったのか。

それを、ちゃんと ことばにできない、ってなんだ。

 

◆でも、終わった。終えた。やった。できた。

 

◆乾杯!

 

◆音楽かんけいのかたがたは逃げも隠れもできない瞬間にかけているのだ、ほとんど いのちかけているのだ、

それは大きなはげましだし、とてもかなわない覚悟だ。

 

◆ときとつれそうパフォーマー。

 

◆かたや、残ってしまうものをこしらえているかなしさ。

 

◆ギターライブに行ったが、奏者はゆびさき、というか爪のトラブルにみまわれていたような気がする。

きょうのライブはリベンジしたい、ときっとだれよりも奏者本人がくやしがっているのではないか。と想像している。

そして、はっきりわかったが、先日夢の中でこの方にのこぎりを貸したのだ。

3人のギタリストのだれか、だとおもってはいたが、まずまちがいない。

 

◆石巻。と かいて、ほんとだ! ロックン ロール か!  やっぱ かっこいいぞ。

 

◆先だって Eテレ日曜美術館でみた、夏目漱石の美術。

国村隼さんの朗読にぞくぞくする。全部よみなおそうと思う。

もっていた文庫は古くて字がちっちゃすぎて 弟にわたしてから買い直していない。

たしかととら堂に、復刻版の上製本があった。

持ち重りのする本で ゆっくりと読みたい。

抱一も見たくなる。

 

◆中村好文さんの小屋展がおわっちまう。東京にでかける気力が一ミリもわいてこない。

 

◆一年前にほとんどできあがっていたものを全部かきなおしたのは、それを「いま」やったことの意味だ。と男友達にいわれた。

わたしも ときとつれそったのかもしれない。

 

◆のこぎりを貸した、とおもわれるギタリストの新譜キャンペーンに応募したプレゼントに当選したらしい。

サイン入りのTシャツがとどいた。

いつかの妙な夢が、へんに整合していく。

 

◆雨のおかげか雨のせいか、ちっとも夢をみない。というか夢の記憶がない。

 

◆水の幕のように雨がふっている。オーストラリアのギタリストの乾いた音色がものすごく合っている。

 

◆相談ごとをもちかけていた建築士が訪ねて来てくれたので話し込む。

10年若かったら、猛烈に悩んだだろう。いまからでも建築士をめざそうかとおもって。

 

◆でも、もう、絵本をやりつづけるってきめました、あなたのおかげです。そう彼女に言う。

 

◆DIYの現場を彼女がながめている。いい板じゃないですか!    えへへ。でしょう?

 

◆今日、小屋展にいくと決める。きっと家の中に小屋のミニチュアを建てたくなるだろう。   えへへ。

 

◆6月が終わる。ちかくの浜は海開きだ。この街はきょう、夏を始める。