このはし わたれば のこと

2013年2月6日(水)

 

絵本横丁となづけてサイトをはじめて1年半ほどになりました。

ふとかんがえてみましたら

横丁オープンよりまえに出版していただいた本についてはな~んにも書いちゃあいないじゃないか。

ということをまだらには思い出しながらずるずるとときをすごしましていま、

3年以上前のこの本の制作について思い起こして書こうときめました。

というのも、

この本いっさつまるまるすべてについてのみの原画展(2月23日~3月10日/逗子ととら堂&ベビーズブレス)を

していただけることになりましたので。

どこの書店さんでも購入していただける、至光社上製本という体裁にいまだなっておりませぬが、

しずかにしずかに支持をいただきつづけている本ではあります。

あらためましてありがとうございます。

原画展では本を直接ご購入いただけます。

(このはしわたれば えほんのご紹介はこちら)

 

前おきがながいとおもいます。

 

橋が好きです。はし1

ほらほら。

なんたらうつくしい構造物でしょうか。

話せば長いので割愛しますが、

ひとがつくる、あんなにうつくしいものがある!

と 感電したようになった眺めがありました。

鉄橋だったはずなのだけれど、

どうしてもどこのどの橋か、いま判然としません。

ただ、それはたしかに、

気乗りのしない大学受験に向かうはし4

朝の満員電車からみえたのでした。

わたしが、進路の分岐点に途方にくれて身をすくめ、

ぜつぼう。なんてことばを

うすらはずかしくも安易に思い浮かべていたころです。

確固として迷いなく挑戦していく同級生もある一方、

自分の漠然とした将来への単純なねがいを

実現できる可能性としてすすめてくれる恩師もあるなか、

諸事情をいいわけにして

とにかく大学と言うところに入ってしまわないことには

したいこともなにもできやしない。はし2

という投げやりで情けない気分の底で、

そのけしきは、どうにもこうにも、

ばああん!とそこに現れたのでした。

わたしは橋が好きだ。という、

ほがらかな高揚感に胸がどきどきしました。

そして、ずっとずっとずっとずっと忘れなくなりました。

そのながめも、わたしは橋が好きなのだということも。

古都の橋も、森の奥の沢にかかる橋も、

海をまたぐ橋も、谷をわたる橋も、

どれもこれも とにかくうつくしい。

 

結局その日受験した大学に行き、そこで出会ったおとこともだちと結婚し、

もたもたとはかどらないながら、ねがいをかなえて絵本のつくりてとなり、海辺のまちでくらすようになりました。

あはは。

橋だらけのまちです。

ここでは、橋をわたらねば鉄道にのりに行けない、市街地にもたどりつけない、

というわけで、

だれにとっても橋をわたることは日常ではありながらひとつちがうせかいへでかけることでもあります。

3年ほど前まで住んだあたりの徒歩専用の橋はまた格別で、

橋の上にたたずみ、風やながめの心地よさのなかにいると、

そのあかい橋は、自分自身を川面にうつして なんだか浮かんでいるようで、

さまざまな妄想がわきたつのがわかるのでした。

ものおもいにも絶好の場所です。

ぼうっとその浮遊感に漂ううち、橋のものがたりがうかんできました。

橋は、おはなしの一要素ではなくて、モチーフそのもの。

しゅじんこう・はし。

 

そして、そのあまりにもこころある構造物をおもうとき、

それを構築したかたがたの想いにも だんだん勝手な想像がふくらんでいきます。

ふたつの地点を橋でむすぶと便利、というような俯瞰の視線なんかじゃない、

ここに橋をかけようとおもったのはきっと

だれかに、なにかに あいたくて、だったからにちがいない。

そう確信するようになりました。

につまりかけてた青春の日々に、橋にこころうばわれたことを、

あのときあそこでないどこかへ行きたかったからだ、と説明もつくのかもしれませんがそうはしません。

なにはともあれ、そのころのふさいだ気分の日々でさえ、いまある自分をつくっている大きな要素だと知っているから。

ここへくる 橋だったとさえ 思っているから。

 

けれども、本ができてみると、また、原画を披露してみると、

おとなのかたがたのなかに涙なさる方があったり、ほんとうに心ふかい想いをうちあけるかたがあったり。

うかがえば、みなさんの想いが、

ここではないどこか、

もう会えないだれか、

そこへつよくつながっているのがわかりました。

くりかえしになってしまいますが、なんだか、自分がわかいころ、

うろうろとなやんだりたちすくんだりしながら もたもたとすごしてきた時間さえ、

この本のためにあったのではないか、

このかたがたと自分の時間がこうやって よりそうように出会っているこのときのために。

と思ったひとときもあったのでした。

幸せな本だとおもっています。

 

そしてさらにうれしいことには、つみきのはし

ちいさなおじょうさんたち、

まだ たくわえたはずの時間がたくさんないかたがたが、

はしそのものがもたらす想いの中で、

ご自分がたの世界をこしらえて

かいまみせてくれたりするのでした。

18の冬に、わたしが思い知ったように、

彼女たちもきっと橋がすきです。

おじょうさんのおかあさん方が、おたよりをくださいました。

「これはね、わたしの はしだからね、って夢中になってます。」

どこへいくのだろう。

だれにあうのだろう。

そのうらやましい妄想にも、想いをはせます。

はしをかける。あきばこではし

はしをつくる。

はしをわたる。

だれかに、なにかに であうために。

橋が好きです。

大好きです。