このはし わたれば (至光社 2010年)

 

おもて表紙うら表紙

 

 

あいたい

 

 

 あっちでもない

こっちでもない

ここでなら

 

 

 

 

 

 

 

 

作者あとがき(こどものせかい2010年7月号にじのひろば掲載)

 

橋をわたります。

こっちからあっちへ、橋のちょうどまんなかあたりは、ひみつの場所です。

橋がつなぐあっちとこっちの、どっちでもありません。

このながめはここからしか見えないながめ、この空はここにしかない空、です。

そんな橋のまんなかにぼんやりたたずんでいたら、

どっちから来たのか、どっちへ行こうとしていたのか、わからなくなりました。

どこでもないところにぽっかりとりのこされて、浮かんでいるような気分です。

わくわくしました。

いまここは、せかいの交差点です。

ときもところもこえて、どこへでもいけそうです。

会いたいと想う、だれとでもきっと会えます。

橋にいるあいだ、こころはあちこちへわたります。

 

このほんの せいさくのこと →日々記 

 

 

至光社編集者解説(こどものせかい2010年7月号にじのひろばより抜粋)

 

「うそじゃないよ、ほんとうだもん」

―こどものその瞳の中には、

まぎれもない真実(ほんとう)が秘められています。

現実も空想もない、すべて事実。

『このはし わたれば』は、

女の子とくまくんの、

そんな至極の真実のひとときです。

せつないほどの会いたい想い。

「きっと会える」と信じるままに、

橋のまんなかで出会うふたり。

花も舞い笑い、会いたいという気持ちは、

ずっといっしょにいたいという気持ちへとふくらみます。

この橋をわたれば、

きっとずっといっしょにいられる・・・・・・・

行き来する空想と現実の境界で、

風が頬をなでたのか、時が止まったのか、動いたのか、

ふっと我にかえる女の子。

 

空想・想像する力は、

おのずと真実を見抜く力へとつながるでしょう。

作者が制作中にふと口にした

「妄想の極致」という時を、

子どもたちにはたっぷりと楽しんでほしいと思います。

くまくんと女の子を結ぶ橋―

「このはしだったら」という特別な橋は、

ふたりの逢瀬の場として、

ゆったり大きくどっしりと構えています。

この橋からだったら、

どこへでも行ける気がします。

 

みんなに「わたしの橋」が、きっとあるはずです。

 

至光社編集部 小沼みさ子

 

 

 

 

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