あおむしへの手紙 1

2012年3月15日(木)

 

すっかりごぶさたいたしました。

「ぽってんあおむしまよなかに」、発行からけっこう日がたってしまいました。

さっそくにご感想をくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。

 

ごらんくださったかたが くださるご感想は、ときに、作り手の想いをこえています。

ああ。そんなところにいらっしゃるのですか。という、感激とともに、一気にそこへ連れて行っていただけます。

そうやって自分どもでこしらえた絵本をながめ直せば、あらたな語りかけをうけたりします。

まことに、不思議。そして幸い。

それは、ある日突然、わが子の成長に気づく感激にも似ています。

 

掲載のご了解をいただいた、すてきなお便りを2回にわけてご紹介いたします。

そして、おたよりによびさまされるように考えたことを、記しておこうと思います。

 

 

龍谷大学国際文化学部教授 久松英二先生のおたより

 

今回のテーマは、ズバリ子どもの成長、そしてその成長を見守る親の愛ですね。

でも、こういう言葉で表現する以上の深み、暖かさが秘められている作品です。

さて、寝込んでしまったこうちゃんは夢の中であおむしになります。

なぜ、あおむしなんでしょうか。

あおむしは時がたてば蝶になります。蝶とあおむしではすべてが異なります。

姿かたちはもとより生活範囲も考えられないほど拡大します。

あおむしにとって大人になるということは、考えられないほど大きな自由を手にすることを意味します。

ところが、成長には時が必要です。

時の壁にぶつかったあおむしこうちゃんはポトンと現実の自分に落ちて気づきます。

大きくなりたいのは蝶のように、ではなくお父さんのように、だと。

お父さんのように大きくなることが本当の望みなんだと。

だって、お父さんの子だから。だって、お父さんが大好きだから。

大きくなりたい、大きくなりたいっていう気持ちから、お父さんと一緒に生きている自分がいるという喜びを再び取り戻します。

そして、お話の焦点はお父さんの気持ちに移行します。

小さいお子さんを持つ親なら誰しも思うこと。

いつまでも愛を与える対象で居続けてほしい。いつまでも甘えてくれる子どもでいてほしい。

子どもはいつか成長して親から離れていきます。それを知っているからこそ、まだ離れていかないこの時期を大切にしたい。

これは子をもつ親の根源的な望みでしょう。

たとえ子どもが気づいていないとしても、親はそういう思いで子を絶えず見守り続けている。

前半の頁すべてに描かれている大きな蝶の羽とお月様。さりげなく描かれています。

こうちゃんにそれは意識されていません。

意識せずとも、こうちゃんは、そうした親のさりげなく、しかし常に見守る愛のなかで少しずつ少しずつ成長していくのです。

ちょうどあおむしがゆっくりゆっくり動くように。

 

 

久松先生は、「るすばんいす」にも、「いしのきもちになりたくて」、にも、「このはしわたれば」、にも、

描いた本人が、

そうだったのかあ!

と腑に落ちて、小躍りしつつも居住まいを正したくなるような客観的なご感想をくださいます。

自分が、なんとなく感じたりもやもやとつかめないものをつかもうとしてあがいて絵本にしたものが、実は、

長い年月のひとのいとなみのなかで、普遍とされてきた想いのひとかけらであることを、はっきりと認識させてくださるのでした。

絵本て、すごいなあ。

はっきりいって、うすらはずかしくなるような、こんな手前みそな感動を、

臆面もなくささやける瞬間です。

 

さて。久松先生は、おとうさんでもいらっしゃいます。

見守る愛。根源的な、親の愛。

あの大きな月と蝶の羽とが、その象徴だったとは!

 

(つづく。次回はあるおかあさんからのおたよりです   こちら)