2019
6
Feb

日々記

古いマッチ

昨年 至光社「にじのひろば」に寄稿したものです。

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「マッチ、つかうよね?」

と、親友が手渡してきた袋がずっしり重い。

彼女のお母さんが長年ため込んでいたマッチ箱でいっぱいだ。

お母さんは施設で暮らし始めた。

ひとりむすめの親友は、住む人のいなくなった実家を

少しずつ片付ける。

私はたまに手伝いに行く。

「母、タバコを吸っていたんだけどね。」

親友が意外なことを言う。

「ずいぶん前にやめた。マッチだけ残ってる。」

ライターではなくなぜマッチか。

マッチをするのがお好きだったからにちがいない。

よくわかる。私も好きだ。

マッチ箱たちは、あちこちのお店の名前をまとっている。

東京のレストラン。

伊豆の宿屋。

京都の料理屋・・・。

お母さんが楽しんだ時間の詰め合わせだねえ、と袋ごともらった。

家に帰りさっそく一本、つけてみることにする。

つくかしら。折れないかしら。おそるおそるすってみる。

ついた。

なにかがねむりからさめたように、

しゅばぁっと朗らかに、火がついた。

おっ。

よろこんだとたん、用のない火はすんと消えた。

消えたマッチの煙が鼻をくすぐる。

もう一本、つけよう。

いまからストーブを焚こう。

ペレットストーブに着火のたねをしかけ、

今度はためらいなくすったマッチの火をそっと移す。

用心深く火を育ててからストーブの扉を閉めると、

炎が機嫌よく踊りだした。

ふっ、と息をつく。

こうやってこれから、

親友のお母さんがつけなかったいくつもの火を、

私がかわりにひとつずつ、つけることにしようと決める。

火にあたりながらマッチ箱をなでる。

鎌倉の喫茶店の名がある。

遠い、おとなのひとときに耳をすます。

かすかに音楽をきく。

店の窓越しの、むかしのながめに目もこらす。