2014
31
Aug

日々記

だんまり日記 8月

◆盆過ぎの 暑く湿ったある日
とおくのひとに 花をおくろうと 街へ出たが
花屋は軒並み 店をしめている。
なんにちか休みます、と
はりがみにある。
そうか たしかにそれはそうだと気づく、
盆のあいだ、
花屋はうんとこさ働いたのだ。
ようやく一斉におやすみだ。

◆けれども
どうしても きょう
花をおくりたい。
おくらなければならない。
と 暮す街で途方にくれていると、
信号待ちの交差点で
通りの向こうがわに
ちいさな植え苗を歩道にならべている店がみえた。
闇にとけかけた商店街で
たったひとつの灯りをみたようなきもちになる。
『檸檬』。
小説のあざやかな一場面を想う。
あそこで
たまに
花苗を買う。
中に 生花はあったろうか。

◆足早に寄って中をのぞく。
ある、
バラもキクも、たくさんではないけれど
ガラス張りのショーケースのなかで
蛍光灯の光にてらされて
涼んで気楽できげんがいい。
ガラスは結露でびしょびしょだけれど
花たちはことのほか元気そうだ。
花をもとめてくる人もないからか
いつもなら店先でせわしげにしている店のひとも
今日は いない。
ごめんください、と どこへむかって呼べばいいのか、
わからないまま声にしようとしたとき
ショーケースのむこうのおくまった角から
ぞうりをはいた長い素足が
(きっとおとこのひとのあしだ)
投げ出されているのに気づく。
きょうの店番は
おばあさんではないほうだ、とわかる。
長い髪を金いろに染めた
わかい おとこのひとだ。
わたしは彼を ひそかに
オスカルと呼んでいる。

◆足のほうにむかってちいさく ごめんください、と呼ぶ。
足がひっこんで ひとが立ち上がる、
水滴が青く光るショーケースのむこうから
長身のオスカルがあらわれた。

◆しかし オスカル。
いつ髪を黒くしたのだ。

◆金であれ 黒であれ
オスカルは かわらず愛想がない。

◆いらっしゃいませ、などと言わない、
けれども そんなような気配の無言のまんまオスカルは
読みかけの本を ぼすっ と閉じると
ベニヤ板の台に置いた。
かなり分厚いその本は 台にのるときも 重たく鳴った。
何を読んでいたのか、
うすがみのカバーもかけた本のただずまいに
なぜだかわたしはたじろぐ。
そしてピンクのえりつきのシャツに短パンゴム草履黒髪のオスカルを
見上げていう。

◆花を とおくに おくっていただけますか。

◆オスカルは
ううん。と ひとつうなって ちょっとだまる。
それからショーケースをじっと見ながら 言った。

◆いま一年でいちばん花がありません。
季節的にも、そしてお盆がすぎたばかりである時期的にもです。
それから遠方に花をおくる場合、
花屋どうしで連携して
送り先の地元の花屋がとどけるというシステムがありますが
うちはそれをやっていません。
ここにある花のなかからえらんで、
この気候の長旅に耐える方法で
直接 送らねばならないということになります。

◆・・・クール便ならどうでしょうか。
なぜか客がいう。

◆クール便にしていいですか。
オスカルは無表情のまま答える。

◆客はクール便で花をもらったことがあるのだ。
送料もよけいにかかることも存じ上げている。
・・・クール便でおねがいします。

◆わかりました。
オスカルはショーケースに向かい、話しはじめた、
それはもう 花たちにも いいきかせているとしか思えない。

◆明日夕方出荷します、
とても遠方なので
途中なにかあった場合のことを、
とくに今年の気象の予測しがたさを思うと
なにかしらの理由で輸送がおくれることを僕は恐れます。
一日早く出させてください。
と なると 市場でさがしている間がありません、
この花たちで(とオスカルはショーケースにむかって両手を広げる)
勝負しなければなりません。 
どんな花をいれましょう。
お別れ会ですね、
紫が  お好きだったんですね、
それなら
このへんの、バラですが
赤っぽく見えますが紫なんです。
紫のさまざまを
青と、(と言われて わたしは 大好きなりんどうを見る)
この薄緑がかった白いバラとあわせるのはいかがですか。
僕の イメージですが。

◆じっとすべてをきいて客は オスカルに、
ぜひ、バラ中心で、
そしてすべて おまかせすると
おねがいする。

◆わかりました、ではこれを書いてください と
オスカルは 配送伝票とペンを出す。

◆わたしは 配送伝票を書きながらふと
メッセージをそえることはできますか、とオスカルにたずねる。

◆もちろんです、直接送ることの、それもメリットなんです。と
いいながらオスカルは
菓子の空き缶を棚からおろすと、
どれにしますか、と ぎっしりつめたちいさなカードをつぎつぎに出す。
客はやわらかい白色をいちまい選んで
なんと書こうか、まよう。

◆・・・なまえだけでもいいのでしょうか。

◆なまえだけで いいと思います。
カード、たくさんあります、何枚でもかきなおしてください。

◆ゆっくりとなまえだけを書き、
ではこれをそえておねがいします、と 渡したとき
オスカルに
すべてをまかせる儀式のようなきもちになった。

◆オスカルは
メッセージカードと配送伝票を丁寧にうけとると
ちょっとあらたまって言った。

◆全力を 尽くします。

◆店を去り際オスカルは
配送伝票のコピーをくれた。
この番号で、荷物の配送状況を追跡できます、ご存知ですか。

◆わかりました、それではわたしも花たちを見守ります、
ありがとうございます、
いろいろムリなおねがいをしました。
と店を出た。

◆外はもう真暗になっている。
目の奥には
ショーケースの蛍光灯にてらされた
たのみの花たちのかがやきが
ちらちらとする。

◆翌夕、
荷物番号で出荷を確認する、
花たちが向かう先の大雨のニュースをききながら。

◆配達指定日の前日の夕方。
ふたたび荷物番号を見る。
送り先の街に無事にとどいたことを確認する。
あらためて大雨のおそれをきく。

◆なんにちかたって
はなをありがとう、と
ご遺族からの伝言をきく。
花たちを想い
花にかこまれたお別れ会を想う。
それから
蒸し暑くてせまくて無造作に花がならべられたうすぐらい花屋で
託された想いをちいさな花たちに込めながら
だまって いっぽんいっぽん 花を活けるオスカルを想う。
作業する彼の背後のひんやりとしたショーケースのひかりを想う。

◆ありがとう。
チーム・オスカル。

◆むらさきが好きだった というそのひとのことを思い出すとき、
そこには かならずこの花屋もあるだろう。

◆けれどもこんど 花の苗を買いに行ったとき
オスカルはきっと
いままでどおりに
そっけないだろう。

◆それが いい。