2011年10月27日(木)
一文字もない写真絵本です。
春夏秋冬のなかのいっぽんのはるにれの木。
というより、
ひとりのはるにれを、時が、季節が、とおりすぎてゆく、というほうが
いいかもしれません。
ずいぶんむかしのことです。
友人と食事をする約束をしてでかけた夕方、電車がくるまですこし時間があって、
彼女は鎌倉の駅前のちいさなほんやさんに寄りました。
そこで一冊だけ、絵本ラックに差してあった「はるにれ」に出会いました。
ぱらりとめくりひとめぼれ、どうしてもほしいとおもいました。
今買うと、荷物になります。
でも、こんど来たとき、まだ「居る」でしょうか。
迷うのをやめました。
ぱっと買って、そのまま、
東京行きに乗りました。
そのおとこともだちと、
食事をするとはいっても彼女はときどき、新橋なんかで飲んでいたのでした。
がやがやした居酒屋で、
いま、これを買っちゃった。
と、「はるにれ」を見せました。
おとこともだちは、だまってゆっくりページをめくっていました。
「はるにれ」のページと、
それをながめる親友を交互にながめながら、
彼女はときおり、熱燗のぐいのみの底のうずをみつめたりしました。
揚げだし豆腐がきて、ひとりでどんどん食べました。
やがて、
本を閉じると、
おとこともだちは、
かるくため息をついて、こう言いました。
「おれは こんな いい男じゃない。」
何年かして、彼女は
そのひとと、けっこんしました。