だんまり日記 9月

 

◆舟を 繕う。

湖にただようための小舟の底が 空気漏れをおこしている。

連れて帰って 室内にいれて、修繕する。

穴を接着してのち

ためしに空気をいれる。

おそるおそる、めいっぱいにいれる。

サーフボードのような、底のパーツだけなのに、

目の前に 舟が現われる。

ためしに 乗ってみる。

ついでに そのまま午睡する。

まぶたの裏に

湖が あらわれる。

 

◆底部のくうきもれは修理できたように思われる。

側部、上部などもくみたてて、

すべてに空気をぱんぱんにいれ、

総合点検をしておこうと思う。

舟あそびは毎夏最大のたのしみだ。

生きるよろこびと言っていい。

 

◆問題は

帰宅後の片づけだ。

空気をぬいた舟は、

小さいと言っても全長4メートルある。

くたくたと脱力しており寝た子のようで

しかも めったやたらに重たく、

砂をはらったり水滴を拭きあげたりしていると、

ワニと格闘するとは こういうことなのではないか、と

妙に気持ちがたかぶってくる。

 

◆おのれ。

赤ワニめが。

 

◆ハラグロセアカワニめが。

 

◆あせまみれになってしとめる。

 

◆空気をいれる。

呪文がわりに息をつきながら

ワニを舟にする。

 

◆びびでばびでぶ。

 

◆いちにち、放置してみよう。

場所をとってしかたがないので

舟にはいって午睡しよう。

 

◆まよなかも 舟のままでいて。

 

◆本日より、

レッドアリゲーター号と称する。

 

◆おかのうえで やねのしたで

ちらかった部屋を対角線に占拠して、

舟は、眠っている。

 

◆来年も、然別へつれていこう。

北岸までいっしょにいって、

上陸してみよう。

そこで珈琲をわかしてのんで、

ちいさくうたいながら 帰還しよう。

 

◆そう いってきかせる。

 

◆おやすみ、レッド。

 

◆雨の止み間に、

近所のおんなこたちが はだしで外へ躍り出てきた。

身の丈の倍はある棒をふりかざして、

魔界のクリスタルなんとか、

女王のなんとか、と

声をはりあげている。

芝居の稽古のようだけれど、

彼女らはまちがいなく現実のなかで叫んでいる。

棒がさししめす先の雲が猛烈ないきおいでながれてゆく。

 

◆レッドはもう すっかりいいようだ。

 

◆午睡は失敗だった。

舟にからだがはまり込んで微動だにせず

小一時間は寝ていたのではないか。

目覚めの気分も体調も最悪だ。

舟酔いだ。

納棺されるとこんな感じだろうか。

三途の川で舟酔いするおそれがでてきた。

 

◆おのれ、赤ワニめ。

 

◆ひとりでは外出できない父の誕生日に

電話をする。

祝いをのべ

このところ訪問できていないことを詫びる。

気にするな、

ゆうこもいそがしいだろう、

それより

雨がひどくふったり

竜巻が起こったりだ、

むりにでかけるな。

外に出るときはよく気をつけてな。

 

◆おだやかに晴れた日にだけ、

会いに行くから、

しんぱいしないで。

 

◆とうさん、いつも

ありがとう。

 

◆父のふるさとは

この夏、豪雨で被災地になった。

それでも、いい栗がたくさんなって

無事に出荷した、って

ラジオで言ってたよ。

 

◆こどものときに

柿も栗も、

盗ってたべたんでしょ。

度胸試しに鉄橋で 汽車も止めたんでしょ。

そのはなしまた 聞きに行くから。

 

◆汽車は当分 走らないって。

 

◆父のとおいおもいでの故郷に

みたこともない雨が降ったことを、

どう想ってみたのだろう。

 

◆川があふれたあたり森がくずれたあたりも

走りまわったろうか。

輪になってどやどやと喧嘩して

巡査に叱られた道は

そのへんじゃなかろうか。

 

◆一本杉はどうしたろうか。

 

◆山の向こうを知りたくて町をでて

船で せかいを渡りつくしても

故郷の雨は いまも

父に 降る。

 

◆街でばったり会ったそのひとはいま

なくなられたご主人の設計したちいさな家に住んでいると言った。

 

◆主人が病室で設計してったの。

お茶飲みにいらっしゃいよ。

 

◆手をのばせば全部とどくのよ。

テーブルなんかね、ほら、こう、円の4分の1よ。

そうしないとひとがとおれないのよ。

あっはっは。

 

◆そうよ~、小屋みたいなサイズよ~。

もってたものは

そうねえ、

5分の4は処分したわねえ、

それでまた

買ってるわね~

あははははは。

そこにいて、建築事務所のね、

スタッフのお昼つくってるのよ。

あ、こないだ、プーシキン行ってきたわよ。

行った?

混んでるわよ~。

 

◆電話番号を交換してお別れした。

 

◆そのひとのあたらしいすまいは

きっと船だ。

 

◆建築家が

あいするひとにのこしていった、

船にちがいない。

 

◆大きくなったこどもなんて

うちに帰ってこないぐらいでちょうどいいんだ。

と、

指南してくれた建築家のうしろすがた。

 

◆その船に、のせてもらいにいこう。

 

◆生きている限り、生きつづけるそのひとのはなしをききに。

 

◆向かいの宿屋の屋根に立つアンテナの先に

若そうなトンビがとまっている。

そこは、

みすぼらしい猫背の老トンビの指定席だったはずだ。

 

◆もう一羽。

きょうだいだろうか。

それとも夫婦だろうか。

 

◆宿屋とうちの間の電線に

若そうなからすが2羽、肩をいからせ頭を下げ、

口を半開きにしてゆらゆらしている。

 

◆ときおり羽音がするので

ベランダに出る。

空中戦ではないが、

とんびとからすのおたがいが様子うかがいといった感じに

距離をもっていくつかの輪をえがいて飛んでいる。

 

◆あそんでいるのか。

一触即発なのか。

 

◆からすにくらべて

とんびには緊張感が感じられない。

余裕なのか。ぼんやりものなのか。

 

◆老トンビはどうしたのだろう。

向かい風をはらんで、

凧みたいに滞空してあそぶ、

あの孤高のひとは。

 

◆恵比寿の年にいちどの麦酒祭りで、

となりあわせた 韓国からきたという鉄道関係のビジネスマンと 親善する。

麦酒、うまいっすよね~!

このプレミアムミックス、最高ですよね~!

え~~~?!

全種類飲んだんすかあ!

すごくないすかあ!

と言いたいのだが、

ものすごくしどろもどろだ。

えいごだ。

さいごは日本語だ。

相手もハングルだ。

メニュー写真指差しとスマートなフォーン駆使して。

何度乾杯したかしら。

 

◆むりにくるな、と父にいわれていたが、

台風が過ぎたのをみはからって

施設を訪問する。

おそくなってごめん、台風すぎたから、きたよ。

そう背中から声をかけ、

ふりかえった彼の笑顔。

日がのぼったかのような。

 

◆ほんとうに、ごめん。

 

◆おとうさん。と 夫が父にいう。

おとうさんはもうぼくの唯一の親なんですからね。

元気でいてもらわないと。

まずは、オリンピックです。

 

◆いいやつだ。

そして 東京オリンピックの、ただしい利用法だ。

 

◆しかし ふたりとも 飲みすぎだろ。

 

◆夢をみた。

ていうか やたらにみる。

くつをぬいで部屋にはいるつもりで ちいさな扉をあけてくぐると

そこはくれなずむ都会の街並みだ。

レンガ造りの建物が土地の起伏に沿ってならび、

植栽も整っていて、なかなかうつくしい。

わたしはなにかをめざしていて 歩きだす。

方向も進路も なにひとつうたがわずゆくがゆくがゆく。

ちっともたどりつかないが、

ときおりあたりをみまわして、

まわりのひとたちがみょうにきゃあきゃあとさわぐのをきくと、

ああ、こっちでいいのだ、とその群れのうごきにさからって またゆく。

ふと思い立って、

道沿いの芝生の斜面をすべりおりてみた。

脱いだつもりの靴を いつのまにか はいており、

しまった、靴をはいたまま きてしまったわけかあ、

とほんのすこし反省するが

きっと靴底がよかったのだろう、

ものすごくうまくすべりおりることができて、

たいへん満足したのだが、そこはやはり目的地ではない。

どこでなにをまちがったかな、と

考えたところで目が覚める。

 

◆よく寝るのはすずしくなったからだと思う。

めざめてもすぐにおきあがらず

2度寝しては夢をみる。

 

◆2度寝ばかりではない。

ちょっと墜ちるようにして午睡したら、

そのときは コンサート会場をさがしてうろうろしていた。

はなうたをうたっていた。

 

◆さがしものは まず みつからない。

 

◆成人した子どもらが 家をでたりはいったりする。

その母親は家事のペースが一定しないのを ひどくいやがるたちだ。

子どもたちに似て たいへんわがままなのだろう。

決して勤勉ではないのに、

仕事時間が最大24時間/日まであってもいいと思っている。

家事は料理と家いじりDIY以外は全部なくなればいいのにと

まいにち願っている。

 

◆でたりはいったりするのは ついたりきえたりとおなじだ。

いなければ 母親課程は卒業状態だ。

いればいたで、おかんはいっしゅんで操業する。

どうよ、つかれてないの?ちゃんと食べてるの?寝てるの?

牛乳のんだの?たいへんだねえ、いってらっしゃい。気をつけて。

ほれほれ、がんばって~。きょう何食べたい?

 

◆一定しないということは段取りをいちいち考えるということで

それがひどくめんどうだ。

しかしそのめんどくささにも慣れるものだ、かなしいことに。

 

◆3日くらいを一単位にするとそれができる。

 

◆独り旅にもでる。

 

◆そこでまた独り居酒屋にはいろう。

 

◆向かいの旅館の屋根のアンテナにとまっている若いトンビを

きょうはすずめたちがならんで眺めている。

ヤマボウシはもう、葉を落とした。