谷内こうたさんのえほん

2011年9月26日(月)

 

昨年の絵本の出版のなかで、さいこうによろこばしいことのひとつは、

「つきとあそぼう」(谷内こうた/至光社)の復刊ではないかと、声を大にして申し上げる次第です。

 

いったい何年くらい絶版だったのでしょうか。

30年ちかく前からずっと手元にあるので、ちっとも気がつきませんでした。

そういえば、至光社の編集さんが

「いま、つきとあそぼうが絶版になっているってどういうことだ、いったい!と、ばんばん机をたたきたいと思う。」

と、軽くとんちんかんなことを言っていたことがありましたが、それを聞いて、

出版事情というものは、じつにはかり知れん。

と ひとりお茶をすすりました。

すでに持っているものの余裕です。はははは。

ぼろぼろですが。

 

おとなが買った本がぼろぼろになるって、辞書でもあるまし

(辞書もぼろぼろにしたことはないので単なるイメージですけど)

どうしてかというと、

わたくしのこどもらが さんざんながめたからであります。

よみきかせ、というのとは違う気がしますが、

夜な夜な、好きな本をもっといで~と、こどもらの選ぶ本をいっしょによんだりながめたりしている頃がながくありました。

ひとり3さつ。というと、ひとりひとり、かならず毎日運んでくる1冊というのがあり、

むすめのそれが、「つきとあそぼう」でした。

・・・・そして、ある晩のことです。

 

あかるいよる

あかるいよるは つきとあそぼう

 

の文のあと、しばらくつづく無言のページをじいっと見いっていたかと思うと、むすめは、

いきなり、うわあああああああ とさけび、

本をばんばんばんばんばんばん、

かわゆらしい両の手のひらでたたき出しました。

3歳、くらいだったでしょうか。

ど、ど、ど・・・どした?! と母親があわをくっておりますと、

あたしも つきとあそびたあああい!

このほんのなかに はいりたあああい!

と 本格的に泣き叫んだのであります。

おふろあがりなのに、ぐしゃぐしゃになって。

 

その後、長男が中学にあがったおり、学校のせんせいからお話をいただいて、

中学生にえほんのはなしをする、という機会がありました。

「くえない商売です。」

というのも、若い未来あるみなさんにたいして気が引けて、

愛読書をどっさり持って行ってお見せする、そんななかでどんなふうにこしらえるか

質問でもあればおこたえしよう、という、まったくもって怠惰な「社会人授業」に出かけてゆきました。

愛読書ですから、当然、谷内こうた本の山。

すると、生徒さんたち、しばらくはだまってながめていたのですが、

ある生徒さん、ふとこちらに向ける目に涙、

「こんなほんに ちいさいときに 出会いたかった」と 「のらいぬ」を抱きしめています。

あるいは「にちようび」をくりかえしめくってはぶつぶつぶつぶつと

歌をこしらえてつけている生徒さんがいます。

数学の先生も じいいいいいっとだまってながめていらっしゃいます。

そのような、かなり衝撃的な現場になってしまいました。

 

中学生といったら、

いっぱんてきにむかしから むずかしい年ごろ、いまでいう「中2病」の流行期ですが、

このひとたちとゆっくり語りたいなあ、あたしは。

と、こころから感動いたしました。

帰って、うちの中2病患者やその予備軍たちに中学校でのみんなのようすを ややこうふんして話しましたら、

そんなのあたりまえだろが。わかるんだよ、ちゃあんとな。

と わかったようなわかってないようなことを言って胸をはるので、

こちらも わかったようなわからないような、ふわふわしたいい感じになりました。

 

こんなコレクションです。

画文集もありますが。

・・・おや。ほかにも写ってない子が3~4人いるな。なんたら粗雑な撮影現場か・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに「にちようび」は、

フランスでエスパース・アンファンという賞をうけているそうですが、

この賞、「こどもがえらぶ、おとなによませたいえほん」という趣旨だそうです。

ぶらぼ!!

 

 

わたしの、「谷内こうたのえほん」と出会いは、

さかのぼることだいぶ、ときは1980年代はじめ、

横浜の書店でひらづみだった谷内こうたさんのほんを、

表紙にひかれて手にとったとき。

感電しました。

紙類に感電した、最初の経験です。

電気が、指先から腕をぞわぞわはしって、あたまのほうへぬけてゆきました。

それが

「のらいぬ」です。

 

ひとつひとつの本への思いや思い出はかたりつくせません。

っていうか、

語るとちがうものになってしまいそうなので、

やめておこうと思います。

とにかく、手にとってながめてみてください。

ちなみに、2年程前、

谷内こうた先生の個展へ出かけた際、

先生にお目にかかった、というか、

帰ろうとしたら現れなさった、というか、突然先生が降ってこられたというか、とにかく目の前にあらわれたとき、

じぶんはじつに あわあわになり、たいへんめちゃめちゃなごあいさつをして、

なにをいっているのか、日本語をしゃべっているのか、

この声は言語にきこえているか、

という疑念があとからあとからわいて出てくるほどのパニックになり、

銀座というところで、地球人じゃない感じになりはてていました。

本格的に感電していたと思われます。

ややあって落ち着きをとりもどし、至光社の編集さんにメールでふんふん報告したら、

「わぁ~、あたふたしてるとこ見たかった~~~~。

今度こうた先生、社にみえるから、特別な大ファンだってちゃんと伝えといてあげる~」

とうれしいフォロー。

好きよ!編集ちゃん!!とひとり安堵し喜んだのもつかの間、

後日編集さんたら、

「いや~、お見えになったんだけどね、あまりのいやし空気にぽーっとなって、すっかり忘れちゃった~」

という。

・・・・・・・・・まあいい。そんなことは。

だからってこうた先生がわたしにとって神であることに変わりはないからな。

そうさ、そうだろうよ、わかるさ。おんなじだよ。あたしと。いいよ、あやまらなくて。

お茶はいらないよ、ビールを一杯もらおうか。大ジョッキでもらおうか。

 

 

で、絶版になっている「にわかあめ」や「ぼくだけのにんぎょう」「かぜのふくひは」もふくめて、

ひととおりもっているので、

「つきとあそぼう」の復刊は、ひとさまのおいわいごとのようでもありますが、

そうでもありません。

そうです、娘のよめいり道具に購入可!

・・・というのは、いつのことでしょうかっ。

 

 

まったくのむごんえほん、「ぼくだけのにんぎょう」に、

谷内こうたさんのみじかいあとがきがあります。

こんなえほんを、こしらえることができたら。

 

この絵本を見てくださる人

それぞれが それぞれに

それぞれの音楽を

聞いてくれたら

うれしく思います

 

谷内こうた